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星間リベラリスト





   ネオンが光を発しはじめる夕暮れ。ビルの合間から覗く狭い空が赤からうっすらと藍色に染まろうとする頃、秋葉原にて、歌声が響く。その歌はドネルケバブの屋台からのものだった。

  「トウメイな真珠のように宙に浮くナミダ、悲劇だってかまわない、あーなたと生きたい キラッ!」
  親指と人差し指と小指を立てた右手を頬に当て、決めポーズをする。そしてそのままナイフを片手に歌いはじめる。
  「流星にまたがってあなたにキュウコウカ ア、アー 濃紺の星空に私たちハナ…」
  「ケバブナイフを片手に歌うな!」
  「えー今良いところだったのにー」
  店長のその言葉に頬をふくらました少年。


  けれどもこの時、タローは知らなかったのだ。この後起きることを何一つ。


  店長が買い出しに行き、タロー一人で留守番している時であった。赤かった空はもうすでに黒く変わっていた。星はでていない。そんな空を見上げていると、水滴が地面を濡らした。雨か。客が減るな、とか考えながら前に視線を前に戻す。
  この国は夜空の星よりネオンが輝いているんだ。ここは外国なのだ。そう実感して、溜息を吐く。切ないのか、寂しいのか、悲しいのか、それすらわからなくて、誤魔化すように歌う。
  「憎らしくてテのコウに爪を立ててみる キラッ!…い、いらっしゃいませ!」突然の客に驚いて、例の決めポーズをしたまま挨拶をしてしまった。


  「…雨宿りをさせてもらえないか?」

  人間とは思えない赤い目をした男だった。異人だろうか。男の銀色の髪から滴が落ちて頬を伝う。拭くもの貸さないと。まな板の上に置いてあった布巾を取る。
  「これ貸してあげるよ。」
  「肉臭い」
  男は布巾を鼻にあて、整った顔を歪めた。
  臭いはしょうがないんだ。だってその布巾は肉切ったナイフを拭くためのものだし。

  「それを貸してもらえないだろうか?」
  彼は布巾をカウンターに置き、タローを指さす。その指をたどり、自分の首元に着く。タローの首元に巻かれた、汗をぬぐうためのタオル。それを指していたのだ。
   少年はこくりと頷いて、それを首からはずし、男の頭にかける。
  「汗臭い」
  「この中、結構暑いんだよ」


  その言葉を無視しながら、頭と顔、そして手を拭き終えて、タオルをカウンターに、布巾の脇に置く。そして少年に背を向け、雨を止むのを待つ。せっかく朝磨いてもらった靴が泥水で汚れた。出かけるんじゃなかったかな、そんなことを思いながら、空を見上げる。ふと、背中から歌が聞こえた。

  星間飛行、か。この街でよく聞く曲。


  「超時空シンデレラでも目指しているのか?」
  突然男が振り返り、目が合う。その赤い目に、鼓動が加速するのを感じた。それをごまかすように、笑った。
  「あはっ、最近よく聞くから、目指してるというわけじゃないし…」
  「そうか」


  そう言ってまた外に体を向ける。
  しばらく、雨の音だけが響いていた。何層にもなった肉の塊が十周ほどしたころ、また男が口を開いた。

  「夢は?」
  雨を眺めるのもあきたことだし、暇つぶしに適当な言葉だと思い、聞いたのだ。

  「えっ?」
  突然聞かれたのと、雨が強くなったのとで何を言ってるのかが聞き取れなかった。
  「夢は何だ、そう聞いているのだ。」
  眉間にしわをよせ、不機嫌そうにこちらを振り返る。

  「夢って?」
  「まさか一生ここで、肉を回転させているわけじゃないだろ?」
  「そうだけど…夢か、夢は」

  サーファー、って言いかけて止まる。最近ハワイのノースショアでビッグウェーブに乗るとか、夢ならたくさんあるんだ。いつから、夢を語らなくなったのだろう。先生に、親に、無理とか遮るように言われたからか、いやでも、自分でも塞いでいたのではないだろうか。いつからこうなったんだ。


  「ないのか?」
  声に驚いて目が覚める。驚きを隠すようにいつもみたいに笑った。
  「夢は、自由に生きたい、かな?」
  「自由か…他人がいて窮屈なのか?」
  「そういうわけじゃなくて」

  そういうわけじゃないんだ。友達も、先生だって、親だってみんな好きなんだ。窮屈なんかじゃない。ただ。


  「自由と孤独は同時に存在するのだよ」
  「違うよ。全然別物だよ」
  そうじゃなくて、もっとみんなが夢とか語れる。そういう自由。


  「違わないだろ?今まで、他人と過ごしてきて自由と感じたことがあるか?」
  ない、かもしれない。
  けど、けど。
  「あ、止んだ」

  男は空を見上げて、雨が止んだのを確認すると、屋根から出る。その背中を掴むように手を伸ばし叫ぶ。


  「待って!」


  その言葉に足を止めこちらに振り替える。
  「なんだ?」
  「今度は食べに来てね」


  「そうするよ」
  少し考えてから、口元をあげ笑って答えた。そして彼は町中へと消えていった。


  なぜ、最後に彼を引きとめたのかわからなくて、その伸ばした手で頬をなでる。
  疲れた。近くにあった具をはさむための切れ目が入ったフランスパンをつまみ食いした。
  おいしい。



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反省。と後がき。
少し遅いけどユーリさん16復活記念に書いたもの。書いた日によって視点が違うからわかりづらい…。
途中で、この二人でギャグは無理だと判明しました。ツッコミがいない…。
せいかんひこう、ちょっと古かったかな?わからない人はぐぐってね☆