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カルシウムにお願い!-2



  「こっちも、お願い」


  保健室の主。お願いって、何だ。お前の目玉をよこせとかだろうか。蛇に睨まれカエルの気分だ、きっと今振り向いたら、死ぬ。唾を飲み込んで、ゆっくりゆっくりと後ろを振り返る。

  カラカラと音を立てて点滴を引きながら現れた女性は、なんというか扇情的。胸元が大きく開いた服からのぞく魅惑的な谷間。短いスカートから覗く、綺麗な足。
  唇を舐めるその顔が、昨日読んだちょっと恥ずかしい本に出てきた女の人とかさなって、熱くなった。

  先生、学校の風紀が乱れています。健全の道を進むのが我が校の教訓でしょう。
  やばい、これは危険だ。


  「あんた誰?」
  テノールの声で現実に戻る。


  それに彼女は保健医のサンパウロ容子です、とにっこりと笑って答えた。にっこり、か、いや違う目が笑っていないのだ。背筋が震えた。そのことに気付いた瞬間、急に恐ろしくなった。

  「何の用だ?」
  その笑顔をなんともせずにナカジは平然としている。きっと人間じゃないんだこのメガネは。
  「隣の準備室も片付けて欲しいんだけど。一人でいいんだけど…」
  そう言いながら、こちらに向かって歩いてくる。一歩、二歩とだんだんと近づいてきて、その手が俺の顔に触れようとした瞬間。ぎゅっと硬く目をとじる。頬に何の感触もない。やがて足音が遠いていくのを感じ、目をそっと開ける。


  「やっぱ、こっちの子にお願いしようかしら」
  そう言いながら、その長い指でナカジの頬から顎にかけて滑るようになでる。あ、ナカジの方が背が低い。だっせー。他人ごとのように見る。やがてその指が、彼の頬に触れ不愉快なようでその手を軽くはじいた。

  「わかった」
  そう言ってナカジは隣の部屋に向かって歩き出す。待って、待ってよ。

  二人きりにしないでよ。その願いも虚しく、ナカジは廊下へと消えていった。


  水をうったように室内は静まりかえっていた。それを破ったのは、予想外に自分で。
  「あの…」
  「なに?」
  「あなたって人間ですか?」
  「さあ?」


  また、さっき笑顔を向けられる。背中に変な汗が流れる。頭の中では必死にごまかす言葉を探してて、けど見つからなくて。そんな時、下駄の音が耳に入ってきた。帰ってきたのだ、僕の鬼たろう。


  「ナカジ!」
  泣きながら、ナカジ向かって思いっきりダイブすると、俊敏な動きで避けられた。床に落下。本日二度目。

  痛む腕をさすりながら、立ち上がると。ナカジとメガネ越しに目が合った。そして、その目を右にうつし、先生を見る。
  ナカジは俺と容子さんを交互に見ているのだ。なにを考えているのか全く分からない。
  やがて、その目は先生の方に止まった。

  「女、ちょっと一緒に来い」
  「あら、私を犯すつもり?高いわよ」
  今、牛乳を口に含んでいたら確実に吹いただろう。もちろん牛乳なんて飲んでないので、盛大に唾を吹き出した。口を拭きながら、ナカジを眺める。ちょっと顔を赤くして、それを隠すようにマフラーを上げる。


  「…から」
  声が小さくてよく聞き取れない。
  「なに?」
  「雑巾…」
  「雑巾が?」


  「棚の上の雑巾届かないから、来てほしい」


  先生と俺は同時に吹き出すように笑った。

  牛乳にお願い。



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    あと餓鬼。 二年ぐらい前に書きかけだった小説を掘り起こして、完成させました!その時はニッキーもいたけど、すっきりしないんで消しました(笑)。
とあるお店の店員さんの会話が元ネタ。容子さんの描写?えっ?そこ笑うとこですよ。